キィの日記

趣味のお話とか

88 体液は何色でもキモいと思う

 秋葉原を当てもなく歩いていると、手のひらサイズのスーモのぬいぐるみがUFOキャッチャーのアクリル板の向こうに鎮座していた。

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 間の抜けた愛嬌さが、妙に僕を引きつける。僕は以前から彼の事を少し気にして生活していた。

 不動産サイトのマスコットキャラクターである彼には、ある設定が与えられている。「ニート生活が祟り、実家を追い出されたスーモは、地球に流れ着いて一人暮らしのための部屋探しを不動産サイト・SUUMOを使って行っている」という設定である。

 僕自身、数年間実家で何もせずただ生存を行っていた期間が存在するため、スーモの生活についてあれこれと思い巡らすのだ。

 そういうわけで、僕はなんとなく、機械にSuicaをかざして、アクリルの向こうのアームを伸ばした。100円と引き換えに、僕には20秒と、アームの操作権が与えられる。僕は緑の毛玉に向かって、X,Zが正確に一致するようにアームの座標をレバーで指定する。ボタンを押すと、アームが地面に向かって、だらしなく転がっている緑色の毛玉に向かって、スルスルと降りてゆく。三本爪のアームが毛玉の中心をがっちりと捕らえた。そのままアームは排出口へ向かって移動していく。これは、もらった。僕がそう思った矢先、毛玉は排出口の周囲をガードしているアクリル板に弾かれて明後日の方向へと転がり落ちて行った。

 殆ど完璧に中心を捕らえたにも関わらず、あんな落ち方をされては、もう「そういう設定」なのだと理解するのが賢いものなのだと思う。ただ僕は、なんとなくムカついて、気持ちが良くなくて、もう一度機械にSuicaをかざした。ピピッと電子音がして、再び僕は100円と引き換えに20秒とアームの操作を手に入れた。アイハブコントロール

 そんな事を7回程繰り返して、我に返った。700円。ラーメンが食える。文庫本が買える。漫画雑誌が買える。バカバカしくなって、ゲーセンを出た。

 歩きながら、僕の頭の中では、タンブルウィードのように緑色の毛玉が転がっていた。風に吹かれて転がっていた。こちらに手をふっていた。頭にきたので、僕は転がってきた毛玉の一つを手で掴み取った。5本の指が付いている、血の通ったこの僕の手で。最初触れたとき、僕の手のひらにあったのは、こそばゆい毛の感触だった。ずっとなでていたい、こそばゆい毛の感触だった。僕はその感触を、力いっぱいに握りつぶしてやる。すると、勢いよく緑色の液体が、指の隙間からほとばしった。スーモの肉に通っていたらしい体液が、僕の手のひらに力負けして、指の隙間から逃げてきたのだ。先程まで手のひらにあったこそばゆさは、もう無い。体液でねとねとと濡れた毛の感触。気持ちが悪い。雨の中、延々と続いた野球の試合。或いは体育祭。或いは傘を忘れた帰り道、濡れた靴の中。

「緑色の体液だ。気持ち悪い」と僕が言う。するとどこからか、円谷英二がやってきた。

「怪獣の血が赤いと、子どもたちが怖がるだろ!緑色にしとけ!」

 僕に向かって円谷英二がそう言った。緑でもキモいだろ、と僕は思ったが、彼の剣幕に口答えするのは気が引けたので、やめた。僕の手のひらは相変わらずねっとりとした液体でいっぱいだ。

 そうして歩いているうちに、「トレーダー」の前まで来た。中古のエロゲーとか、その手のキモ・オタク・アイテムが売っている店だ。店頭のガラスにデカデカと貼り付けられたイラストの中で、目ん玉が異様にでかい架空の金髪の少女が、白いレースのランジェリーを着て股を広げている。少女の手は股ぐらをまさぐっていた。頬は紅潮し、扇状的な恍惚の表情を浮かべていた。「インバイのクサレオマンコ」というフレーズが、中上健次が僕に教えてくれたフレーズが、僕の耳元で囁いた。「インバイのクサレオマンコ」「インバイのクサレオマンコ」「インバイのクサレオマンコ」僕の頭の中で反芻する「インバイのクサレオマンコ」。

 店内に入って、階段を登る。道中、また別の架空娘のイラストが、扇状的な恍惚の視線で僕を見る「インバイのクサレオマンコ」。金髪の少女がまさぐるに使ったその手に付着した体液について考える「インバイのクサレオマンコ」。先程握りつぶしてやった毛玉の体液を想像する「インバイのクサレオマンコ」。金髪の少女の股ぐらから、緑色のねとねとした体液が、じっと見つめていないと気づかない程の速度で、ゆっくりと染み出して、真っ白なレースのランジェリーを緑で汚していく「インバイのクサレオマンコ」。

 僕が辿り着いたのは2階のR18製品のコーナー。珍しい中古のエロゲーでもあるかしらん。コーナーに一歩足を踏み入れると、そこでは360度全方位から中上健次の声が聞こえてくる「インバイのクサレオマンコ」。僕は中上健次の声を知らない「インバイのクサレオマンコ」。中上健次の顔はジミー大西に似ている「インバイのクサレオマンコ」。だから僕の中上健次ジミー大西の声で喋っている「インバイのクサレオマンコ」。

 

 円谷英二が、目ん玉のでかい架空の金髪少女に陰茎を挿入していた。

「怪獣の血が赤いと、子どもたちが怖がるだろ!怪獣の血が赤いと、子どもたちが怖がるだろ!怪獣の血が赤いと、子どもたちが怖がるだろ!」

 そう言いながら、円谷英二が目ん玉のでかい架空の金髪少女に陰茎を出し入れしている。円谷は下半身に何も身に着けていない。金髪少女の方は、白いレースのランジェリーを、上下ともに乱された格好になり、正常位で円谷に犯されていた。

 架空の金髪少女の方は、「えもふり」の要領で瞬きをし、呼吸をし、扇状的に体をくねらせていた。最近のエロゲーは絵が動くのだ。「えもふり」を始めとした様々な画像処理ソフトの普及と発展によって、多くのメーカーが二次元の架空少女を瞬きさせ、呼吸させ、扇状的に体をくねらす処理を施しているのだ。

「どうしよお!わたし処女なのにい!感じちゃうっ!」

 そう途切れ途切れに言葉を接ぐ金髪少女の股ぐらからは、緑色の体液が、しとしとと流れ落ちていた。僕の右手には、まだスーモの死体が握られていた。スーモの体液と、少女の破瓜の色は、同じ色をしていた。

「怪獣の血が赤いと、子どもたちが怖がるだろ!」

 先程から続いていた円谷英二の叫び声が、いっそう大きくなった。そして、いっそう大きな「怖がるだろ!」を最後に、円谷は動かなくなった。果てたらしかった。円谷は肩で息をしていた。金髪の少女もまた、都合よく果てたらしかった。不規則な痙攣を繰り返していた。

 しばらく2人を観察していると、2人の結合部から、緑色の寒天がゆっくりと滴ってきた。滴った寒天は、徐々に不定形の水たまりを描きだした。緑色の寒天で出来た海が、2人を中心に広がっていく。

 そうか、これが”特撮”か! 

「インバイのクサレオマンコ」「インバイのクサレオマンコ」「インバイのクサレオマンコ」

 ジミー大西の、中上健次の大合唱の中で、僕はスーモの死体を握りしめたまま、円谷英二と金髪少女が生み出した緑寒天の海が広がっていく様を、ずうっと、ずうっと、眺めていた。

 

岬 (文春文庫 な 4-1)

岬 (文春文庫 な 4-1)

 

 ↓私が「円谷英二が怪獣の血を緑にした」という情報を得たソース

円谷英二―ウルトラマンをつくった映画監督 (小学館版学習まんが人物館)

円谷英二―ウルトラマンをつくった映画監督 (小学館版学習まんが人物館)

 

円谷英二が「怪獣の血は緑にしろ」と発言した事に関する考察。実際には発言していない可能性がある。

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87 蛇腹状の柴犬

 弛緩、という言葉は蛇腹状の柴犬の形をしている。

 スーパーの帰り道、僕の隣を柴犬を連れた男が通り過ぎた。外套を何重にも着込んでいるのか、大変もこもことしていて、それが外套による膨らみなのか、元来そういう体型なのか判別がつかない。男の柴犬は蛇腹状をしていた。余分な肉が皮膚を交互に浮かせて、体表に凹凸を形成しているのだ。その犬は、まるでアコーディオンのような肉を着込んでいた。鼻と尻に手を添えて、両側から押しつぶしてやると、何かやる気の無い音がしそうだった。「狩って、食う」力が微塵も感じられない弛緩した犬だ。

 陽炎など無い1月最後の冬の中で、蛇腹状の柴犬だけが歪み、たわみ、蛇腹を形成していた。

 見ているこっちまで弛緩してしまいそうなバカ面でリードを引かれるそれを観察していると、妙にむかっ腹が立った。

 視線を上に向ける。たわんだ電線が曇った空の上に情けない軌跡を描いている。

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86 どんな狩りも許される夢

 僕は覇王にならなくてはいけない。「肉のカタマリ」になってはいけない。

 肉のカタマリは、覇王に蹴られ、殴られ、嬲られ、蹂躙され、覇王の下に跪き導きを乞わなければならない。

 なぜなら、肉のカタマリは、卑しくて、つまらなくて、くだらなくて、さもしくて、見苦しくて、どうしようもない食物連鎖の最底辺生命だから。

 だから、卑屈に生きていたくないのなら、覇王にならなくっちゃあ、いけません。

 食物連鎖の頂点に立たなくっちゃあ、いけません。

 覇王になれない人生ならば、自殺するより他に、方法がない。

 僕は覇王になりたい。胸を張って、この世界を歩くために。

 ただそれだけのために。

「君の覇道というものは、見つかったのかね」

 はい、僕はいつかどでかい事をやって、

 支配します。

 壊します。

 復讐します。

 僕をずっと退屈させてきた肉のカタマリに。

 僕が覇王となって、狩るのです。

「君は今21歳。高校を中退してから3年間家にこもってインターネットを徘徊し。そして20歳の時、肉のカタマリに迎合するかのように、高認を取って親の金で大学に通い親の金で生きながらえている」

 うるさい。

 これは、戦略的撤退というものです。

 僕は志高く着々と覇王への道を歩んでおります。

 お前のような肉のカタマリとは違う。

「何が違うんだい?君はいつ覇王になるの?何月何日?地球が何べん回った時?」

 見苦しいな。ガキみたいなレトリックを使うなよ。殺したくなる。

「僕は知っているぞ。君がロクに殴れない犯せない殺せない人間だってこと」

 本当に殺すぞ。

 取り敢えずは、そうだな。このカッターナイフで君を処刑することにする。チキチキと鳴らして処刑することにする。パキパキと新しい刃にして処刑することにする。

 もっと上等な刃物でやる方が格好がつくんだろうけれど、今僕の手元にはこれしかないんでね。

「そんな糊で錆びついたカッターナイフで、切れるものかよ」

 試してみるか。

「どうぞ」

 本当にやるぞ。僕は、僕は本気だぞ。

「どうぞ」

 いいんだな。や、やるぞ。

「そんなに脂汗いっぱい出すなよ。気持ち悪い。わかったわかった。僕が悪かったよ。君は狂ってる。普通じゃない。才能がある。人とは違う。カリスマがある。覇王にふさわしい。君の勝ちだ」

 バカにするな。

 僕をバカにするな。覇王候補生の僕をバカにするな。

「わかったからそのチキチキ鳴らすのをやめなさいよ」

 ごめんなさい。

「物分りが良くなったもんだね。さすが21歳」

 黙れ。

「肉のカタマリに混じって生活を続けなくちゃいけないみじめな君」

 社会参画をしないと、人は相対性を失って怠ける。絶対の覇王になるためには、常に肉のカタマリの存在を頭の片隅に入れとかなくっちゃならない。みみっちい日銭を稼いで必死こいて生きてる肉のカタマリの醜さを、頭に叩き込んで自分を追い込まなくっちゃ。こんな卑しい人生なんて、まっぴらごめんだってね。

「君と同じバイトして、妻子を持ってる40代のハゲ散らかしたネパール人。必死こいて生きてる擦り切れた雑巾のような男。ああはなりたくないものだと、君は思うね?」

 バカみたいじゃないか。へ、へ、へ!

「僕には結構、立派に映るんだけれどなぁ」

 敗北主義者め。

「そうやって人を見下して。バカにして。それが覇王ってやつなのかい」

 覇王にはどんな狩りも許されるんだよ。

 肉のカタマリはゴミだ。ウジ虫だ。中学生が授業中机に書きなぐった下ネタだ。昨日の嵐でゴミ捨て場から舞い上がり雨と朝露でカピカピになって通学路に散らばったエロ本だ。食器棚の茶碗の中で干からびて死んでいたゴキブリだ。

 だから覇王は肉のカタマリに何をしてもいい。

リップ・ヴァン・ウィンクルは、目を覚まして家に帰らなくっちゃいけない。帰る場所が無くなっちまう前にね」

 これは夢なんかじゃない。

 僕にはどんな狩りだって許されるんだ。

「さあ、目を覚まして。君の生活を始めるんだ」

 これは現実。だから覚めたりしない。僕が生命活動を続ける限り。覇王を諦めない限り。僕の殺しのライセンスは無期限有効なんだ。

「じゃあなんだい。君のそのザマは一体なんだい。21歳にもなって親の財布でウダウダとモラトリアムをやっている君のザマは一体なんだい。肉のカタマリと言わずしてなんと呼ぶんだい。豚のように醜く太りやがって。鉄を食え。死んでも豚を食って肥えるんじゃない。スーパーで特売の豚肉を買って毎食食う。それが君の牙の届く距離。限界」

 僕は覇王だから。ツマラナイ人間を狩る側の人間だから。頭の良い少年少女には、人間狩りが認められているんだよ。

 今までも、そしてこれからも透明な存在であり続ける僕には、人間狩りが認められているんだよ。

 どんな狩りも許されるんだ。

『すべては赦される』、そうだろ?

ラスコリニコフもイワンも最後どうなっちまったか、君は知っているね?」

 僕はあいつらとは違う。僕は”特別”なんだよ。

 だから僕は覇王になるよ。

「17歳だった君はTorを使ってくだらない弁護士にくだらない誹謗中傷を並べ立ててくだらない主張をしていたけれど。君が覇王の器ならTorなんて使わず直接行って燃やして殺してめった刺しにしてくればよかったのに」

 あれはそうする価値もないよ。

スカイプちゃんねるで女の子にばっかりコンタクト送ってた頃の話は?」

 一時の戯れさ。

「君の理屈ならば、道行く肉のカタマリを、気に入ったクサレオマンコを見かけ次第その場で殴って殺して犯してやればいいのに」

 覇王になるためには、仮初めの快楽で耐え忍ばなくてはならない時もある。

「言い訳はもういいよ。早く原発から核物質を盗んで9番目の核保有国になれ。選挙事務所の女にフラれた腹いせに大統領を殺せ。『漂泊者の歌』を歌いながら銀行強盗をしろ。父親を殺してブリタニア帝国を乗っ取れ」

 いいさ。やってやる。やってやるぞ。僕はやる。覇王になるぞ。

「嘘ばっかり」

 嘘じゃない。嘘じゃないよ。

「君は意地汚い金貸しの老婆すら殺すことは叶わない」

  僕には世界を革命する力がある。

「だったら今すぐそれをやれ」

 出来ない。

「だったら死ね。弛緩したまま。ぼんやりと腐っていく魂を定期的に観測しながら、死ね」

 僕はカンディードになるのか?

「お前にはカンディードも無理だ。たった一人で孤独に文句を言いながらボンヤリ絶望して死ね」

 それはあんまりじゃないのか。

「じゃあ今すぐ死ね」

 一体どこで間違った?僕のエーテルを曇らせたのは、一体何だ?

「お前のためにカートが歌ってるぞ。レイプミー。レイプミー、マイフレンド」

 無邪気に山田悠介を、江戸川乱歩を、石岡君と一緒に読んでいた。ドラえもんひみつ道具でしりとりをした。

 楽しかった林間学校。石岡君の持ってきたトランシーバーを使って女子の部屋に侵入し小声で実況だけして何もせず帰った。

 あの頃、小学生の僕は、限りなく透明で、そしてこれから先もずっとずっと透明であり続けると信じていた。

「You’re gonna stink and burn…」

『どこで』?それがナンセンスな問いであることは分かっているだろうに。ターニングポイントなんかあるものか。気がついたら弛緩してんだ。気がついたら濁ってんだ。

 石岡君ごめんなさい。僕は随分濁ってしまいました。中学生になってからも、ちゃんと君と仲良くし続けていれば或いは、僕のエーテルは濁らなかったのかもしれません。

 

 

 嫌だ。僕は死にたくない。一人にはなりたくない。誰も一人にはなりたくない。それが生きる意味じゃないか!

「そうよ。だからあなたは立って。生きていかなくっちゃ」

 須磨寺雪緒ちゃん!?

「生き残ってしまったなら、私たち生きていかなくっちゃならないの。たとえ肉のカタマリになってしまっても」

 怖いよ。嫌だ。僕は覇王になれないなら死ぬ。

 それより他に、方法がない。

 それより他に、方法がない。

 でも死にたくない。一人は嫌だ。肉のカタマリにもなりたくない。

 何者かになりたいんだ。

 覇王になりたいんだ。

「それでもあなたは生き残ってしまう」

 やめてくれ。

「汚く老いさらばえて」

 助けてくれ。そんなひどいことを言わないでくれ。僕と一緒に死んでくれ。

「生き残るわ。私も、あなたも。そして生活を生きていくの」

 嫌だ。この夢から覚めたくないんだ。

 だって、今覚めてしまったら、僕はどこに帰ればいい?

 目覚めたウィンクルを待つ家など、とうの昔に無くなってしまったろうに。

「あなたは自分の周囲を無視して勝手に悦に入りたいだけ。あなたは手遅れなんかじゃない」

 僕は本当に孤独なんだよ。嘘じゃない。信じてくれ。覇王の血統に入れてくれ。僕は肉のカタマリなんかじゃない。覇王なんだよ。

「私もあなたも一人じゃない。覇王でもない。だから、死なない。無様にき生き続ける」

 怖いよ。僕には生活が怖い。

「吹雪に閉ざされた牢の中にも、生活はあるのよ」

 なんたるザマだ。

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85 同窓会には誰が来る?(劇場版 機動戦艦ナデシコについて)

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浅野いにおおやすみプンプン』13巻より
 

 今更劇ナデを観ていました。劇場版機動戦艦ナデシコ

 TVシリーズの2年後を描いた作品です。一度解散した宇宙戦艦ナデシコの乗組員たちが、一回り大人になって帰ってきます。

 僕は劇ナデを観るのが怖かったんです。同窓会的だって聞かされてたから。

 だって同窓会には、「当時と変わらないよ!という強がりが出来る人間」しか来れないから。

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84 扉の向こう側からやってくる虎

 僕の弟は阪神タイガースの歌をよく歌います。

 弟には、分別というものがなく、僕がテスト前だというのに、お構いなしでオン・ステージです。

 六甲おろしに始まり、打順1番から9番までの応援歌まで、阪神タイガースの歌を全部歌います。

 僕は阪神ファンではないし、特定の球団を情熱的に追うタイプではなかったので、ただうるさいだけでした。

 

 シャープな打球グラウンド突き抜けろ

 走れレッドスター赤星チャンス切り拓け

 

 他にも、湘南乃風とか、エグザイルとか、全身に「その手」の文化を纏った彼は、僕を不快にさせます。

 しかもイヤホンとかヘッドホンが嫌いで、常にプレイヤーから垂れ流しです。お金さえあれば、デカいスピーカーから大音量で流していたんじゃないでしょうか。

 僕は自分の部屋にこもってブツブツと歌います。『天使のいない12月』の曲を歌います。

「憂鬱が始まる~♪長過ぎる一日がイヤ~♪」

 それでも、やはりイヤホンの向こう、扉の向こう側から、弟の阪神ソングとその他諸々の音楽が聞こえてくるのです。

 

 シャープな打球グラウンド突き抜けろ

 走れレッドスター赤星チャンス切り拓け

 

 大体、僕は赤星ってあんまり好きではありません。

 パワプロで使いにくいからです。ミートだけA判定で、パワーがF判定なので、ホームランが打てないのです。

 僕は気持ちよくなりたいのです。ローズとかカブレラとかペタジーニとか、そういう選手ばっかり詰め込んだアレンジチームで、ホームランが打てればそれでいいのです。

 観戦する分には、ちょこちょこ動き回る選手はかっこいいけれど、最も僕と時を過ごした赤星憲広パワプロ赤星憲広であって、グラウンドの赤星憲広ではない。

 青森県に住む僕にとって、仙台も北海道もどこか遠い国だったし、まして関西の球団なんて地球外球団です。

 どうして弟がそこまで阪神を好きになれるのかよく分かりませんでした。

 僕は人に好きな球団を聞かれた時、「中日かな」と答えます。濃い青色が好きだったからです。なので、弟が阪神を愛するように、例えば応援歌を全部覚えるようなことを僕はしていませんでした。僕が中日を好きだったのは、他でもないチームカラーのためなのです。したがって、横浜のことも好きでした。青いので。

 

 そんな生活が何年か続いて、僕はいつの間にか、阪神タイガースの応援歌を諳んじることが出来るようになっていました。

 人間関係に疲れて野球部を辞めたばかりの中学2年生の僕には、「阪神タイガースの応援歌を諳んじる事が出来るようになっている」という事実は、あまり歓迎すべきものではありませんでした。

「触れるものを輝か~し~て~い~く~♪」

 自分を見失ってはいけません。アニメの歌と、エロゲーの歌を、口ずさみ続けなくっちゃ、いけません。

 扉の向こう側からやってくる虎に負けないように、口ずさむのです。

「悲し~みにぃ~試されるたび~♪」

「忘れない~誰かの声が~切なく響く~♪」

「そ~らの~隙間から~降り注ぐ~♪」

 知っている限りの歌を、口ずさむのです。

 

 彼の最も恐ろしいところは、そんな男性社会だとかマイルドヤンキーだとか体育会系だとか、そういうものを剥き出しにしたメンタリティをしている癖に、アニオタ・カルチャーにも一定の理解があることなのです。

 僕は知っています。小学生の頃、彼が家族共用のパソコンで『明日のよいち!』のエロ画像を印刷していたことを(別にわざと見たわけではありません。机にそのままプリントアウトした二次エロを置いておく方が悪いんだ。)。

 

 そんな事だから、彼は体育会系全開の田舎の野球部で中心的ポジションにいながら、ラブライブが好きな卓球部の同級生を家に招いたりもするのです。

 彼はどうも外面は良いらしく、野球部の人間からも、他のコミュニティに所属する人間からも高く評価されているようでした。

 そうしてどんな人間とも仲良くやっていく彼に、一抹の憧れを抱きつつ、僕と弟がいつか何のわだかまりもなく普通に暮らせる日も来るんじゃないかと、ワクワクしながら見つめていました。

 

 しかし、家庭での彼は、とにかく自己中心的な男でした。

 阪神タイガースの歌をひっきりなしに浴びせかけることに象徴されるように、彼は自分の願うことなら全て思い通りになると思っているのです。殴る蹴るの直接的暴力はありませんでしたが、自分の主張が通らないとすぐに大声を出して威嚇します。自分の主張が通るまで延々と大声と態度で駄々をこね続けるのです。

 これは父親も時折我々にやって見せることでした。僕は子供の頃、「父は僕が悪いことをしたから正当な権利を行使して叱っているのだ」と思っていましたが、時が経つにつれ、「自分の不快感を晴らすために叫んでいただけだったんだな」と気づくと途端に虚しくなりました。

 朝は母親と弟の口喧嘩で目が覚めます。日常になってしまうと、これが当たり前の微笑ましい家族の風景なのか、完全に狂っているのかもうよく分かりません。とにかく僕が毎日不快な朝を過ごしていたことは事実です。

 それでもお互いに手を上げることは一度も無かったので良かったです。特に弟の方はベンチプレス100キロを簡単に上げる筋肉バカだったので、もし何かの間違いで誰かを殴ることになったら酷いことになっていたと思います。野球部員だったのでその辺りは気をつけて行動していたのかもしれません。

 

 したがって、東京で暮らすようになった今でも、僕は阪神タイガースについての情報を目にすると、中高生の間ずうっと僕の部屋へ放たれ続けた虎の事を思い出すのです。

83 誰も太陽を見ることは出来ないけれど

柱にくくられてさらしものになっても、俺は存在するし、太陽を見ているんだ。太陽が見えなくたって、太陽の存在することは知っている。太陽の存在を知ってるってことは、それだけで、もう全生命なんだよ。

ドストエフスキー 原卓也(訳)『カラマーゾフの兄弟(下)』新潮文庫 211ページより

 

「太陽は見えないけれど、存在するからそれでいい」なんて、強がりだろう?という返答が返ってくるだろうか。僕はそんなに強がりでもないと思う。

 或いは、これを強がりだと言う人は、「止まない雨は無い」と言ったら納得するのだろうか。僕にはとても嘘っぽくて、悲しく思える。ずっと続く幸福が無いように、ずっと続く不幸が無いことはある種の事実であるが、それは無限に続く折れ線グラフであって、為替の相場のように上がったり下がったりが無限に続く。グラフそれ自体が甚く虚しく思えた時、「止まない雨は無い」という言葉は全く力を失ってしまう。

 或いは、「そんなバカバカしい事は考えないで、とりあえず働け!」というカンディード式の解答を、僕に言う人がいるかもしれない。無心で働くことの美しさは、僕もある一定の敬意を払うところだけれども、僕はそんなに賢くないので、そんな風に思うことも、やはり出来ない。無心で働いてる間にも、やはり僕は相場の中に生きているのであって。終わりの無い期待と落胆の中に生きているのであって。その事実それ自体には何の変化も無いのだと、そう思ってしまうことをやめられないのだ。

 とにかくすっきりしない生活が、曇り空みたいな生活が、後にも先にも延々と僕の周囲を隙間なく取り囲んでいる。

 やることなすこと全てがデタラメで、僕はただ雲を極彩色で照らす刹那的照明弾を時々打ち上げることしか出来ない。それはとても刺激的で気持ちが良いものだけれど、極彩色の光は雲を光らせるだけで、終わる。

 こうして全くアテを無くした僕が信仰すべきは一体なんなんだろう。

 それがもし、ひょっとしたら、太陽なのだとしたら。

 想い人と結ばれた直後に、無実の罪で裁かれんとしているドミートリイ・フョードロウィチ・カラマーゾフの言う、太陽なのだとしたら。

 誰も太陽を見ることは出来ない。見ようとすれば、目が潰れてしまうからだ。

 だとしたら、曇り空の日を照らす太陽と、よく晴れた気持ちの良い日を照らす太陽に、何の違いがあるだろうか。

 例え永遠の曇り空でさえ、太陽は必ずそこにあるじゃないか。

 或いは夜だっていい。地球の反対側に太陽があることを、僕は知っているじゃないか。

 或いは太陽が死んでしまったっていい。僕は太陽のことを、もうたくさん知っているじゃないか。

 宇宙に出て、太陽を探すのだ。或いは、自分で作り出したっていいじゃないか。

 

 太陽の存在を知ってるってことは、それだけで、もう全生命なんだよ。

 

カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫)

 

82 使い切った後のリップクリームは軽かった。

 医薬部外品、4グラム。緑色のパッケージをしたロート製薬のリップクリーム。僕はコイツをつい昨日使い切ったので、今日ドラッグストアで新しいのを買ってきた。

 僕がリップクリームを買い換えるという経験は、これが初めてであった。ずぼらな僕は最近になるまでリップクリームなるものを殆ど使うことが無かったのだ。冬、乾燥して唇が割れたら、割れっぱなしだったのだ。

 そして今日、新しいリップクリームの封を切り、古いリップクリームをゴミ箱へ放り込もうとしたその時である。

 軽い。明らかに軽い。

 たかだか4グラムの微妙な差を、僕の肉体は確かに感じ取って、訴えてきた。この4グラムを感じ取ることの出来る人間の肉体に甚く感動すると共に、リップクリームが天寿を全うするというという事は、まさにこの軽さに他ならないと僕は理解したのだ。

 火葬した後、亡骸を持ち上げる気持ちは、或いはこういうものなのかもしれない。

81 ファ・ユイリィがアーガマでカミーユ・ビダンに再会した時の感情=成人式の全身ユニクロ人間

 エゥーゴティターンズの戦いの中、自身の住むコロニーを破壊された少女ファ・ユイリィは、同じコロニーに住んでいた幼馴染の少年、カミーユ・ビダンと別れることとなる。

 カミーユは成り行きで乗り込んだエゥーゴの戦艦、アーガマ所属の少年兵となり、ガンダムMk-Ⅱのパイロットとして戦闘に参加するようになる。

 数ヶ月後、難民として各地を移動していたファ・ユイリィアーガマに収容された時、カミーユは軍人の理屈で行動する兵隊になっていた。かつて子供っぽくファに世話をされていた少年は、もうそこにはいなかったのである。

* * *

 去年の今頃のことである。20歳になった僕は、成人式など前日まで出る気は無かったのだけれども、まあ1回しか行けないしなァ、話のネタになるかもなァ、と当日になって思い直し、会場へ向かった(僕は「ネタになる」という言葉を反芻することによってあらゆる体験を妥当化し、狂わずにいられる)。

 ユニクロのワイシャツに、ユニクロのスーツっぽいジャケットに、ユニクロの黒いスキニー、茶色いニューバランスのスニーカーで僕は市長の話を聞いていた。

 回りにユニクロを着ている人間など一人もおらず、靴もなんか革で出来てて、スニーカーじゃなかった。あたりめーだ。

 そりゃもちろん、僕もしきりに親から「今年アンタ成人式なんだから、スーツ買ってあげるよ」と言われていたし、直前になっても「みっともないからパパのスーツ着ていきなさい」とは言われていたのだけれど。たかだか成人式のためにスーツを買うのはアホらしいじゃない?体格の良い父のスーツを僕が着たら余計不格好じゃない?そんなことだから、僕は手持ちの服でそれっぽく見えるような格好をして、成人式へやってきたのだ。

 ずっと家に引きこもって、インターネットをやっていた僕と、働くなり、大学に通うなりしてインターネット以外の社会と関わり続けてきた人たち。

 別に、話すことといえば思い出話だから話題には困らないし、僕がヒッキーをやっているのは親しい友人なら誰もが知っていて、かつ僕がどうしようもないロクでなしであることは、今に始まった事でなく、誰もに納得されているから特に隔離をされたりはしないのだけれど(やっぱりね、というリアクションの方が多い)。

 

 あの頃ゆずソフトでシコっていた友人はホストになっていた。金を作って起業をするのが目標らしい。

 

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HGUC 1/144 MSA-005 メタス (機動戦士Zガンダム)

HGUC 1/144 MSA-005 メタス (機動戦士Zガンダム)

 

80 君は教室の片隅で黒猫の絵を書いていた。

 僕達がまだ中学生だった頃、君は教室の片隅で黒猫の絵を描いていた。

 ノートに黒猫の絵を描いていた。

 俺妹の黒猫の絵を。

 君は黒猫の瞳をよく描いていた。

 緋色に輝く瞳を描いていた。

 君は黒猫の瞳に夢中だった。

 

 やがて彼女は恋をした。

 好きな男のところへ行ってしまった。

 黒猫は五更瑠璃になった。

 緋色の瞳はカラコンで出来ていた。

 君の恋は終わったのだ。

 それでも君は黒猫の瞳に夢中だった。

 

 やがて彼女の恋も終わった。

 預言書は引き裂かれてしまった。

 その頃僕達は別々の高校にいた。

 あの時も君は彼女の瞳を描いていたのか?

 

 君は今、あの瞳を描けるかい。

 

79 元旦には、世界を救いに行かなくちゃ

 元旦の日には、世界平和をお願いしに行かなくちゃ。

 どうして?

 この手のお願いはねぇ、お願いをやめちゃうと、一層ひどくなってしまうものなんだよ。「あ、もういらないのね」って具合に。だから初詣の時には、世界平和をお願いしなくっちゃあ、いけません。仮面ライダーのベルトが欲しいとか、そういうことは、お願いしちゃあ、いけません。

 そんなことないと思うよ。だって、仮面ライダーのベルトがあれば、世界を救うことだって、出来るでしょう。

 仮面ライダーには救えない世界もあるのです。だから、仮面ライダーの他にも、たくさんのヒーローが、いるわけでしょう。

 だからって、初詣したくらいで世界が平和になったりするのかなぁ。なんだか受け身っぽくて嫌だなぁ。僕はやっぱり、自分でベルトを巻いて、変身するよ。誰かを泣かせるような悪いやつを、やっつけるよ。

 ああ、君は素敵な仮面ライダーになれるよ。君がそこまで言うならば、君はベルト手に入れて世界を救いにいきたまえ。僕が君の分まで、世界平和を祈っておいてあげるから。年に一度だから、やり方を忘れてしまうねぇ。なんだったかなぁ。神社は二礼二拍一礼。お寺は拍なし、だったかなぁ。参ったなぁ、よく覚えていないなぁ。

 仮面ライダーは、毎週変身するから、忘れることないよ。

 たまにゴルフとかマラソンで休むけどね。