キィの日記

趣味のお話とか

83 誰も太陽を見ることは出来ないけれど

柱にくくられてさらしものになっても、俺は存在するし、太陽を見ているんだ。太陽が見えなくたって、太陽の存在することは知っている。太陽の存在を知ってるってことは、それだけで、もう全生命なんだよ。

ドストエフスキー 原卓也(訳)『カラマーゾフの兄弟(下)』新潮文庫 211ページより

 

「太陽は見えないけれど、存在するからそれでいい」なんて、強がりだろう?という返答が返ってくるだろうか。僕はそんなに強がりでもないと思う。

 或いは、これを強がりだと言う人は、「止まない雨は無い」と言ったら納得するのだろうか。僕にはとても嘘っぽくて、悲しく思える。ずっと続く幸福が無いように、ずっと続く不幸が無いことはある種の事実であるが、それは無限に続く折れ線グラフであって、為替の相場のように上がったり下がったりが無限に続く。グラフそれ自体が甚く虚しく思えた時、「止まない雨は無い」という言葉は全く力を失ってしまう。

 或いは、「そんなバカバカしい事は考えないで、とりあえず働け!」というカンディード式の解答を、僕に言う人がいるかもしれない。無心で働くことの美しさは、僕もある一定の敬意を払うところだけれども、僕はそんなに賢くないので、そんな風に思うことも、やはり出来ない。無心で働いてる間にも、やはり僕は相場の中に生きているのであって。終わりの無い期待と落胆の中に生きているのであって。その事実それ自体には何の変化も無いのだと、そう思ってしまうことをやめられないのだ。

 とにかくすっきりしない生活が、曇り空みたいな生活が、後にも先にも延々と僕の周囲を隙間なく取り囲んでいる。

 やることなすこと全てがデタラメで、僕はただ雲を極彩色で照らす刹那的照明弾を時々打ち上げることしか出来ない。それはとても刺激的で気持ちが良いものだけれど、極彩色の光は雲を光らせるだけで、終わる。

 こうして全くアテを無くした僕が信仰すべきは一体なんなんだろう。

 それがもし、ひょっとしたら、太陽なのだとしたら。

 想い人と結ばれた直後に、無実の罪で裁かれんとしているドミートリイ・フョードロウィチ・カラマーゾフの言う、太陽なのだとしたら。

 誰も太陽を見ることは出来ない。見ようとすれば、目が潰れてしまうからだ。

 だとしたら、曇り空の日を照らす太陽と、よく晴れた気持ちの良い日を照らす太陽に、何の違いがあるだろうか。

 例え永遠の曇り空でさえ、太陽は必ずそこにあるじゃないか。

 或いは夜だっていい。地球の反対側に太陽があることを、僕は知っているじゃないか。

 或いは太陽が死んでしまったっていい。僕は太陽のことを、もうたくさん知っているじゃないか。

 宇宙に出て、太陽を探すのだ。或いは、自分で作り出したっていいじゃないか。

 

 太陽の存在を知ってるってことは、それだけで、もう全生命なんだよ。

 

カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫)

 

82 使い切った後のリップクリームは軽かった。

 医薬部外品、4グラム。緑色のパッケージをしたロート製薬のリップクリーム。僕はコイツをつい昨日使い切ったので、今日ドラッグストアで新しいのを買ってきた。

 僕がリップクリームを買い換えるという経験は、これが初めてであった。ずぼらな僕は最近になるまでリップクリームなるものを殆ど使うことが無かったのだ。冬、乾燥して唇が割れたら、割れっぱなしだったのだ。

 そして今日、新しいリップクリームの封を切り、古いリップクリームをゴミ箱へ放り込もうとしたその時である。

 軽い。明らかに軽い。

 たかだか4グラムの微妙な差を、僕の肉体は確かに感じ取って、訴えてきた。この4グラムを感じ取ることの出来る人間の肉体に甚く感動すると共に、リップクリームが天寿を全うするというという事は、まさにこの軽さに他ならないと僕は理解したのだ。

 火葬した後、亡骸を持ち上げる気持ちは、或いはこういうものなのかもしれない。

81 ファ・ユイリィがアーガマでカミーユ・ビダンに再会した時の感情=成人式の全身ユニクロ人間

 エゥーゴティターンズの戦いの中、自身の住むコロニーを破壊された少女ファ・ユイリィは、同じコロニーに住んでいた幼馴染の少年、カミーユ・ビダンと別れることとなる。

 カミーユは成り行きで乗り込んだエゥーゴの戦艦、アーガマ所属の少年兵となり、ガンダムMk-Ⅱのパイロットとして戦闘に参加するようになる。

 数ヶ月後、難民として各地を移動していたファ・ユイリィアーガマに収容された時、カミーユは軍人の理屈で行動する兵隊になっていた。かつて子供っぽくファに世話をされていた少年は、もうそこにはいなかったのである。

* * *

 去年の今頃のことである。20歳になった僕は、成人式など前日まで出る気は無かったのだけれども、まあ1回しか行けないしなァ、話のネタになるかもなァ、と当日になって思い直し、会場へ向かった(僕は「ネタになる」という言葉を反芻することによってあらゆる体験を妥当化し、狂わずにいられる)。

 ユニクロのワイシャツに、ユニクロのスーツっぽいジャケットに、ユニクロの黒いスキニー、茶色いニューバランスのスニーカーで僕は市長の話を聞いていた。

 回りにユニクロを着ている人間など一人もおらず、靴もなんか革で出来てて、スニーカーじゃなかった。あたりめーだ。

 そりゃもちろん、僕もしきりに親から「今年アンタ成人式なんだから、スーツ買ってあげるよ」と言われていたし、直前になっても「みっともないからパパのスーツ着ていきなさい」とは言われていたのだけれど。たかだか成人式のためにスーツを買うのはアホらしいじゃない?体格の良い父のスーツを僕が着たら余計不格好じゃない?そんなことだから、僕は手持ちの服でそれっぽく見えるような格好をして、成人式へやってきたのだ。

 ずっと家に引きこもって、インターネットをやっていた僕と、働くなり、大学に通うなりしてインターネット以外の社会と関わり続けてきた人たち。

 別に、話すことといえば思い出話だから話題には困らないし、僕がヒッキーをやっているのは親しい友人なら誰もが知っていて、かつ僕がどうしようもないロクでなしであることは、今に始まった事でなく、誰もに納得されているから特に隔離をされたりはしないのだけれど(やっぱりね、というリアクションの方が多い)。

 

 あの頃ゆずソフトでシコっていた友人はホストになっていた。金を作って起業をするのが目標らしい。

 

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HGUC 1/144 MSA-005 メタス (機動戦士Zガンダム)

HGUC 1/144 MSA-005 メタス (機動戦士Zガンダム)

 

80 君は教室の片隅で黒猫の絵を書いていた。

 僕達がまだ中学生だった頃、君は教室の片隅で黒猫の絵を描いていた。

 ノートに黒猫の絵を描いていた。

 俺妹の黒猫の絵を。

 君は黒猫の瞳をよく描いていた。

 緋色に輝く瞳を描いていた。

 君は黒猫の瞳に夢中だった。

 

 やがて彼女は恋をした。

 好きな男のところへ行ってしまった。

 黒猫は五更瑠璃になった。

 緋色の瞳はカラコンで出来ていた。

 君の恋は終わったのだ。

 それでも君は黒猫の瞳に夢中だった。

 

 やがて彼女の恋も終わった。

 預言書は引き裂かれてしまった。

 その頃僕達は別々の高校にいた。

 あの時も君は彼女の瞳を描いていたのか?

 

 君は今、あの瞳を描けるかい。

 

79 元旦には、世界を救いに行かなくちゃ

 元旦の日には、世界平和をお願いしに行かなくちゃ。

 どうして?

 この手のお願いはねぇ、お願いをやめちゃうと、一層ひどくなってしまうものなんだよ。「あ、もういらないのね」って具合に。だから初詣の時には、世界平和をお願いしなくっちゃあ、いけません。仮面ライダーのベルトが欲しいとか、そういうことは、お願いしちゃあ、いけません。

 そんなことないと思うよ。だって、仮面ライダーのベルトがあれば、世界を救うことだって、出来るでしょう。

 仮面ライダーには救えない世界もあるのです。だから、仮面ライダーの他にも、たくさんのヒーローが、いるわけでしょう。

 だからって、初詣したくらいで世界が平和になったりするのかなぁ。なんだか受け身っぽくて嫌だなぁ。僕はやっぱり、自分でベルトを巻いて、変身するよ。誰かを泣かせるような悪いやつを、やっつけるよ。

 ああ、君は素敵な仮面ライダーになれるよ。君がそこまで言うならば、君はベルト手に入れて世界を救いにいきたまえ。僕が君の分まで、世界平和を祈っておいてあげるから。年に一度だから、やり方を忘れてしまうねぇ。なんだったかなぁ。神社は二礼二拍一礼。お寺は拍なし、だったかなぁ。参ったなぁ、よく覚えていないなぁ。

 仮面ライダーは、毎週変身するから、忘れることないよ。

 たまにゴルフとかマラソンで休むけどね。

78 今年読んで面白かったやつら

少女革命ウテナ

 本じゃないじゃん!いいだろ!メディアなんだから!メディアは読み物なんだから!

 今年最も大きな僕の感情の一つです。ウテナ

 関係性の暴力で重いストレートを顔面にラッシュしてくるアニメ。

 これを観てから自分が「関係性」に着目するタイプの読み手だったという事に気づいた。或いは、これを観終わった瞬間から「『今まで関係性に着目して読んでいた』という事にすり替わった」のかも。青い鳥。

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イリヤの空、UFOの夏

 えっ、今更!?いえいえ、再読です。やっぱりいいなぁ、と思ったので。こういう場合に既読のブックを挙げるのってどうなの?いいだろ!初めて読んだのは中学生の時で、2,3年に一回のペースで読み返してきました。これからは毎年読み返したいです。

 今回の再読で特に良かったのは『その3』の『無銭飲食列伝』です。これはマジで良い。女の感情と胃袋の話。

 今年は長年行方不明だった秋山瑞人先生がカクヨムにて生存報告をしたことでも話題になりましたね。滝本竜彦とか瀬戸口廉也とかゼロ年代の書き手が次々と生存報告をしてくれて私は嬉しゅうございます。

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SWAN SONG

 エロゲーじゃん。いいんです。テキストだから。

 去年、『電気サーカス』に触れてから瀬戸口廉也唐辺葉介)の持つ周波数は、僕によく馴染むようだな、と感じていたけれど、その期待を全く裏切らなかった。

 最終的な主題はカラマーゾフ遠藤周作の『沈黙』式の「なんで神様は今すぐ助けてくれないねん!ケチ!」みたいな話になっていくわけだけれども、そこに至るまでの過程が本当に丁寧かつ、プリミティブな勢いもあってLOVE。

「分かりあえない他者」を描くために、低機能自閉症の女の子を登場させて、さらに彼女にバラバラに砕け散ったキリスト像を修復させる意味を悟った時、瀬戸口廉也という人のまなざしに感謝と尊敬が溢れ出した。この物語に会えて本当に良かった。

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今なら50%オフ。(1月20日まで)

ちょくちょく割引きセールをやっているので優秀なオタクは定期的にチェックするように。

 

ハーモニー

 今更!?これは本当に今更です。今年初めて読みました。

 元々ハクスリーの『素晴らしい新世界』が好きなので、フォロワーから「早く読め」と言われていました。

 はい、良かったです。

 『素晴らしい新世界』と違ってキャラ文芸的文脈を用いて書かれているので、なんだかあたたかみ(炎上ワード)がある感じ。

 テーマ的には作中で明示されている通り、『素晴らしい新世界』のリフレイン的側面もあるのだけれど、なんていうか、あたたかみがある……(炎上ワード)。

 トァンの一人称で書かれているという点が大きいんでしょうね、やっぱり。あと、『素晴らしい新世界』と違って僕達読者はトァンキァンミァハの少女時代をトァンの一人称を通して知った上でアレを読まされるわけですよね……。

 ハァーーーーーーッ。許さねぇ、伊藤計劃。俺にあまり美しいものを読ますな。俺を殺すことになる。生かしもするが……。

 

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

我もまたアルカディアにあり

 ハーモニーと同じユートピアディストピア)小説。この手の「ユートピア転じてディストピア」みたいな物語ってなんて呼べばいいのかしらん?

 何不自由無い核シェルターで弛緩した日常を生きる人々の短編集。

 良いね……。僕はSF小説としての良さはもちろんあるけど、それを置いて取り敢えずエモさについて語りたい。

 放射能汚染された大地を裸でバイクに跨り爆走する女の子が出てくる。以上。

 他にも面白いとこいっぱいあるけど、ベスト・オブ・エモエモ大賞なこのシーンだけ紹介しとけばいいだろ。

我もまたアルカディアにあり (ハヤカワ文庫JA)

我もまたアルカディアにあり (ハヤカワ文庫JA)

 

 

キリスト教入門

 矢内原忠雄のやつ。「キリスト教は人間の力を信じてない」みたいな話がすごく腑に落ちた。ほら、日本人って(炎上ワード)、人間の力を信じているきらいがあるじゃない?科学よりも宗教よりも。人間教みたいなとこがサ。

 こういうエモくないエビデンス集めがめんどい話はやめやめ!とにかく、キリスト教がどういう信仰なのかを簡単に知るにはとっても良い本でした。

 前述の『SWAN SONG』でキリスト教を扱ってたから、勉強してみよっかなぁという次第で。

 今カラマーゾフも読んでるけど、特にこの本に対する信頼は揺らいでないから、多分概ね正しいと思われる。(俺が揺らぎに気づけないバカだったらダメだけどね!そりゃ俺自身にはわからん!)

 

キリスト教入門 (中公文庫)

キリスト教入門 (中公文庫)

 

 

儒教とは何か

 日本人の宗教に関連して。

 例えば日本人は無宗教に見えるけれど、かなり「親孝行」みたいな宗教はちゃんと幅を効かせてる。そのルーツは儒教の先祖崇拝にあるんだぜ。だから「親孝行」じゃなくて「先祖孝行』なんだぜ。みたいな話が書いてる。

 皆さんも日々感じておられるであろう「日本人の宗教観の欺瞞」からスタートして儒教の解説をしてくれるので、非常にスムーズに儒教の世界に入っていける。

 倫理道徳としての儒教よりも、中国の原始宗教を体系化した宗教としての儒教を解説しているので、「儒教は実は宗教なんだぜっ」と友達に自慢できる。

 

儒教とは何か 増補版 (中公新書)

儒教とは何か 増補版 (中公新書)

 

 

ソラニン

 物語で一番大切なのって、物語の後の物語、ポスト物語だと思うんですよね。

 僕達の人生には所々でカタルシス的な何かがたまーにあったりするわけだけれども、その後も人生は、世界は、ずっとずっと続いていくわけじゃない?

 だから僕は、『幽遊白書』の最後のテキトーな感じとか、大好きなわけです。今思いだそうとしても、よく思い出せない、あの感じが大好きなわけです。

 ソラニンってそういう話だったと思うんですよね。この新装版は特に。

ソラニン 新装版 (ビッグコミックススペシャル)

ソラニン 新装版 (ビッグコミックススペシャル)

 

 

kii8508110.hatenablog.com

 去年のやつ。

 

 来年は発売日に買ったのにまだ読んでない滝本竜彦『ライト・ノベル』とか、読み終わらない『カラマーゾフの兄弟』とか、瀬戸口廉也がシナリオ書いてる、来年発売のADV『MUSICA!』とか読みたいです。はい。

77 クジラは沖へ帰るのか

 君が苦しんでいる時、君の隣にあるべきは僕のはずだった。

 それが、なぜだ?

 いつ僕は、君の大切なものを、壊してしまったのだ?

 僕は目が悪いんだ。いつか太陽を見ようとして、燃やしてしまったんだ。

 僕が走り回って壊してしまったもののうち、一体どれが君の大切なものだったのだろうか。

 僕は破片を1つ1つ観察して、君のことを思い出しながら観察して、でも目が悪いから、やっぱりよく分からない。

 僕がそれを壊した時、君は何も言わなかった。

 だから僕には、一体いつ、どこでそれが壊れてしまったのかも分からない。

 或いは、100個あるうちの99個を、既に僕は壊し尽くしていて、君が屋敷の門を閉じてしまったあの日、僕はついに100個目を壊してしまったのだろうか。

 どうして何も言ってくれなかった?

 僕は目が悪いと、知らなかったのか?

 今でも、君の屋敷の門をずっと叩き続けたくなる衝動に駆られる夜がある。

 叩き続ければ壊れるかもしれぬと。

 100個壊してしまったなら、101個目を壊しても大きな違いはあるまい。

 だがこの堅牢な門は、僕の拳をずたずたにしてしまうだろう。

 ならば、どうして僕を門の中へ通したりしたのだ?

 門の中は、壊れやすいものに満ちていたというのに。

 ずっと閉ざしていればよかったんだ。

 一度中を見てしまったら、誰だって門の中に焦がれてしまうだろうに。

 僕は今まで時々、君の屋敷の門の前で、思い巡らせている。

 君が門の中で、幸せにしているだろうか。

 でも、時々門の中から、呻き声がする。

 僕は聞き逃すまいと、強く強く、門に耳を押し当てる。

 でも聞こえてくるのは、呻き声だけだ。

 これは、多分、怨嗟の呻き声だ。

 世界を恨む、君の呻き声だ。

 僕はとても嫌な気持ちになって、門の前でへたりこむ。

 君が教えてくれた物語を読むことにする。

 君が教えてくれたクジラの物語だ。

 陸へ打ち上げられたクジラが、再び沖へ出ていく物語だ。

 君もいつか、あのクジラのように、あるべき場所へ辿り着くことを、願う。

 この門から聞こえる呻き声が、精算されることを、願う。

 君が沖へ出ていった時、この門からは何も聞こえなくなるのだろうか。

 この門から何も聞こえなくなった時、君が沖へ出たのか、或いは、打ち上げられたまま陸で死んでしまったのか、僕には全く知ることが出来ない。

 だが、同じことだ。

 この門から、怨嗟の呻きが止むことを、僕は願う。

 どうか僕の追いつけないどこかで、幸せにやっていてください。

 僕はこれからもずっと、時々思い出したように、この門の前に立ってしまうだろうから。

76 12月25日、嘘つきは全員燃えて灰になる

 なーにが「クリスマスは爆発しろ」だよ。お前たちはそうやって爆発派という徒党を組んで連帯感とか楽しんじゃってるワケ、でしょ?まるで自分たちは不幸で哀れで怒る権利があるみたいにさあ。バカかよ。恋人がいる状況よりもずっとずっと楽なんじゃねえのか?それは。

 お前たちのような愚民は目を逸らし続けるだろうが、そういう徒党エンターテイメントほど楽な関係性は無いってことに気付き始めているんじゃないか?

 俺様がサーチライトで照らしてやろう。お前たちの浅はかなそのバカバカしい根性を。

 照射!照射!照射!照射!照射!

 ええ?考えてもみろ。人間の関係性のうち、最も面倒なのは何だ?1対1の関係だろうが。互いに同じ思想を共有している多人数の共同幻想鑑賞会なんて最も楽な関係性だろうが。

 一生そこで幸せそうに徒党を組んでいろよ。一生引きこもっていろよ。かつて世界のどこかで恋人達を憎んだ者は一人だった……。ソイツはきっと一人で自分のひとりぼっちだとか、そういうものと格闘していたはずだ。自分と1対1で向き合うということだ。それは最早恋人と逢瀬することと何が違うのだろう?そうして真剣に向き合う限り、ソイツはクリスマスの勝利者だったんだ……。

 ところが今のお前たちはどうだ?皆一緒にキモチイイ!ドラッグパーティーでなんとなく楽しくなっちゃってる。みんなで「恋人達」という記号にツバを吐きかけるお遊びに夢中だ。

 それは時の権力者が考案した「クリスマスは恋人と!」なるキャンペーンに傾倒している事に等しいだろうが。やがて時の権力者は「クリスマスに恋人達を燃やそう!」というキャンペーンを打つことだろうよ!そしてお前たちは権力と一緒になって「恋人達」を燃やすことだろう!そして、お前たちは火刑場のコンパで仲良くなり、上辺だけの、バカバカしい、膿んだ糞のようなセックスに興じることだろう!

 バカが。燃やされるのはお前たちの方だ。

 俺様が魔王になって、お前たちのような嘘つきを全員燃やしてあげよう。クリスマスの日、太陽の神から賜りし炎で、お前たちを燃やしてあげよう。そうすれば、みんなみんな灰になって、お前たちは望み通り1つになれることだろうさ。

 お前たちはみんな嘘つきだ。本当のことを言わない。自分に本当のことを問うたことが無いからだ。お前たちは本当に……。

 ああ、なんて憐れなんだ。お前たちは自分が嘘つきだってことにも気づいちゃいないんだ。

 燃えろ燃えろ燃えろ燃えてしまえ。フヒッ、フヒヒ。

 俺様は、魔王なんだ。全て人類を導く魔王なんだ。全て人類を裁く大審問官なのだ。バカでも分かる奇蹟で、お前たちは俺様に跪くことだろう。今まさに、お前たちが権力者の起こした奇蹟を信仰しているように。俺様の炎の奇跡によって、お前たちは恐れ慄き跪くことだろう。

 そして地上に魔王の王国は完成する。国土が灰で出来た王国だ!

 あの日、ノートの片隅に描いたポエムから始まった建国闘争は、ついに完成するのだ。クリスマスの炎で嘘つきを燃やして完成するのだ!

 だから、僕達は二人きりで、この王国で暮らすんだよ。二人きりのクリスマスだよ!わかるかい、透子?

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 透子よ、泣かないでおくれ……泣かないでおくれ……。いずれ僕も灰になるのだから……。

75 クラフトワークが好きだった吃音持ちの君

 僕が高校を辞めたその日、手続きを終えて職員室から去っていく僕を呼び止めた君はクラフトワークが好きな吃音持ちの少年だった。その時の僕は、誰にも触れられたくなかったので、俺に触れるな!とかなんとか、よくわからないキレ方をして、僕は君を振り切ったはずだ。

 4月、2年生に上がった僕らはクラス替えで出会った。君は吃音持ちで、発達障害を思わせるような天然持ちで、他者に対して殆ど無防備だったから、てっきりクラスで孤立するものだと思っていた。だから僕は、それは大変憐れなことと思って、ノブレス・オブリージュ的高潔な精神の下に、君のクラフトワークに関する話をただ黙って聞いていたものだった。クラフトワークを、名前だけとはいえ知っているような教養深い人間は、クラスに僕だけだったろうから。でも僕は、決してクラフトワークについて学ぼうとは思わなかった。だって、学んだところで、長年蓄積された君のクラフトワーク世界の前では、まるで大人と子供だろう?それが悔しくて、僕はただ聞いていたんだ。聞いてさえいれば、君は勝手に喋り続けるから。正直ウザかったけれど、僕は取り敢えず「孤立してない」という属性を曲がりなりにも手に入れることが出来るのだし、それでよかった。

 それでも、負けず嫌いの僕だから、時に僕の話を君にすることもあったね。僕は当時ハマっていた松田優作の話を君にしたね。君は映画にも大変明るかったけれども、松田優作のことはよく知らなかったね。その頃の僕は、自室で一人の時、部屋でブツブツと『野獣死すべし』の松田優作のモノマネをするのが大好きだった。リップヴァンウィンクルのくだりも、わかるか?のくだりもだ。僕が松田優作についてひとしきり話し終えた後で、君は失礼の無いように「そういうのもあるんだ!今度見てみるよ!」なんて返したけれど、そういう時のオタクは後で見たりなんかしないものだ。だって、本当に引っかかりがあったのならば、自分の引き出しから類似物を取り出してそれについて語り出すからねぇ。でも僕は嬉しかった。僕が上辺だけ興味ありげにクラフトワークの話を聞いているこの気持ちを、君に体験させることが出来たんだからねぇ。

 

 数ヶ月ほど過ぎるうちに、君はクラスに打ち解けていった。僕のクラスは、担任も、生徒も、素直で優しく純真な者ばかりだったように思う。君の無防備さは、そういう人間の前では有効に働くようだね。そして、自称進学校だった僕の学校では、明日の宿題をどうするかという事が何よりも大事だった。数学が得意だった君は、クラフトワーク以外の引き出しをコミュニケーションに持つことが出来た。

 僕はバカみたいに多い宿題が嫌だったし、それを課さざるを得ない担任の苦痛な表情も気に入らなかったから、殆ど放棄していた。だから、「それをやる」共同体から孤立していた。かといって少数いた「やらない」共同体と仲良くする事も出来なかった。僕は元々他人に対して上手に壁を構築し付き合うという事が出来なくて、0か100かの人付き合いしか出来ない子供だったから。

 僕と同じ座標にいるはずの、クラフトワーク・キモ・オタクの君が、休み時間は数学の問題の件でクラスメイトに囲まれている。君は彼らの前では学校の話しかしなかった。クラフトワークの話は一度もしなかった。君が彼らの前で出来ることは、前の時間の数学の問題について彼らに指南することと、発達障害めいた天然発言で無意識のうちに場を和ませることだけだ。君の天然を受け止めたクラスメイトの笑い声は、決して侮蔑的ではなくて、君も周囲も心底楽しそうだったねぇ。僕だけがきっと、「クラフトワークが好きな君」を知っていた。君を取り囲むツマラナイ男も女もそれを知らないのだ。君のクラフトワークの周波数がどこにあるのか、それを知っている僕だけが君の「そこ」へアクセス出来る。僕はクラフトワークのことなんて、その名前と、気まぐれで聴いてなんとなく好きだったTEEぐらいしか知らない。それでも、どんな周波数にチューニングをすれば、君からクラフトワークの話を聞き出せるのか、それについてよく知っていたんだ。死ぬほどウザったい、吃音混じりの退屈なクラフトワークの話を。

 僕が君の制止を振り切って高校を辞めたあの日。弘南鉄道の駅は吹雪で埋まっていた。弘南鉄道の駅にTEEなんか止まらない。止まるのは整理券で乗れるワンマン運転7000系

 

 

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ヨーロッパ特急(トランス・ヨーロッパ・エクスプレス)

ヨーロッパ特急(トランス・ヨーロッパ・エクスプレス)

 

74 「セックスしたいアイマスのアイドル」みたいなユーモア

 すげーキモい。やってる本人も分かってるんだろうけど。一番嫌なのは自分がそういうユーモアに同意してしまうところがあるってとこ。

 そりゃアイドルだって人間だから、そういう事と無縁じゃないんだろうけれど。そういう事に興味を持たないアイドルもいるだろうけれど、半分くらいは誰かとセックスするのだろう。なんだか、寂しいような、そういう気持ちになるだろう。

 

「セックスしたいアイマスのアイドル」みたいなユーモアは、そういう類の痛みを僕に残していく。セックスが穢らわしいとか、そういう話ではなくて。どこか遠く遠くの彼岸へ行ってしまうような。いや、元から此岸にアイドルはいないのだけれど。感覚として、さらに僕との距離が開いて、果ては僕の視界から永遠に消えてしまうような、そういうものがある。

 では、極端に距離が僕と近い場合はどうだ。例えば、アイマスのエロ同人でシコる時、僕は時として竿役に自己を投影するけれど、この場合ではどうだろう。僕の目の前に裸のアイドルがいて、肉体を密着させているのだから、僕とアイドルの距離は一見最も近いように見える。でも、やはり僕からアイドルは離れていくと思う。此岸に女として召喚されたアイドルはもうアイドルではないから。僕の目の前、セックスをするために立っているアイマスのアイドルはもうアイドルじゃないと思う。

 だから、アイドルにはアイドルでいてほしい。

「セックスしたいアイマスのアイドル」みたいなユーモアは、彼岸にいる彼女らを此岸に引き寄せてしまう。だから、すごく恐ろしいと思う。そのままの場所にいてほしいのだ。年をとらず、ずっとアイドルの座標に留まる事が出来る君たちは、こっち側に来る必要なんかないんだ。

「セックスしたいアイマスのアイドル」みたいなユーモアを目にした時、僕は少なからず性的興奮を得ていて、ある程度の同意もするのだけれど、その度にアイドルへ向かって「こっちへ来ないでくれ」と叫んでいる自分がいる。