キィの日記

趣味のお話とか

僕と、『苗木野そら』という脳内彼女について

AM6:40

「今日は!福井県敦賀市からお送りしましたー!」

 元気の良いラジオ体操おじさんの声が響いて、今日の体操は終わった。

 なんだか今日は体が軽い。ラジオ体操がキツすぎて中止していたランニングでもしてみようかな。

 僕は、昨日しまむらで買ってきた5本指の靴下を出してきた。かっこいいサムライブルーだ。

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しまむらに売っている5本指靴下。3つセットなので別の色の靴下がまだ2つある。

 

 5本指の靴下は、指の間の汗を吸ってくれるから、水虫になりにくい。それに、しっかりと地面を捉えて蹴ることが出来る。まさしく魔法の靴下に違いなかった。

 よいしょ、よいしょと丁寧に指を靴下に通していると、2階からドタドタと駆け下りてくる音が聞こえた。

「キィ!もう起きてたんだ!おはよー!」

「ソラこそ早いんだね。おはよう」

 ソラというのは、僕の脳内彼女の事だ。『カレイドスター』というアニメのヒロイン『苗木野そら』をベースに構築された、脳内生命体である。

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苗木野そらちゃんのご尊顔。アメリカの大人気サーカス『カレイドステージ』のパフォーマーになるため、16歳にして単身アメリカへと渡ったエネルギッシュな女の子である。

 

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※BGM

 彼女は僕よりも早く起床して、僕の部屋の外にある広いスペースでストレッチをしていた。(僕の家の2階には廊下らしい廊下が無い)

 僕はなんだかソラの邪魔をするのも悪い気がして、コッソリと1階に降りてラジオ体操をしていたのであった。脳内彼女に遠慮するなんて、我ながら悲しいオタクだ。

「今からランニングするの?わたしも一緒にいいかな?」

「いいけど、僕はすぐ疲れちゃうから、1キロぐらいしか走らないよ?ソラには物足りないんじゃないかなぁ」

「わたし、いい考えがあるから!だいじょーぶ!じょぶ!じょぶー!」

 そう言って、ソラは靴を履き終わったばかりの僕の手を引っ張ると、玄関のドアを開け放った。

 今日は生憎の曇り空だったが、予報では雨は降らないらしい。

 僕は早速走り出した。すると、ソラは膝を曲げて力を溜める姿勢をとった。

「ソラ、どうし…」

「とおっ!」

 僕の疑問はソラの掛け声によって制された。彼女は掛け声と同時に地面を蹴ると、まるで鳥のように宙を舞った。そして、クルクルと周りながら華麗に着地を決めた。

「おりゃー!」

 ソラは着地と同時に再び地面を蹴って、また宙を舞った。

「わたしはこうやって前に進むから!キィはランニングでついてきて!」

 なるほど。これなら2人の負荷と速度は足並み揃いそうだ。常人には無茶以外の何物でもなかったが、ソラがやるならば、それは強い説得力を持っていた。

 ぴょんぴょんウサギのように跳ねる彼女の隣で、僕はぜーぜー言いながら1キロを走った。

 

***

 

「げぇ…べぇ…」

 僕は文字に起こすことが困難な呻き声をあげていた。僕らは1キロのコースを走り終わって(跳び終わって)家の前に戻ってきた。

「キィ!お疲れさまー!」

 彼女の息もやはり乱れてはいるのだが、僕ほどではなかった。

「ば…ばりがどお…」

 僕は彼女の労いに、声帯を振り絞って答えた。異常な吸排気を強いられた喉は、カラカラに渇ききっていた。

「な……情けねぇ……」

 16歳で単身アメリカに渡って頑張っているソラと、20の中卒ひきこもり男。取り繕っていた自分の惨めさが、肉体の疲労によって表面へと湧き出そうになっていた。

「そんなことないよ!キィのがんばろー!って気持ち、きっと周りの皆にも伝わってるよ!」

「そうかねぇ……」

「ソラ。その男を甘やかしてはダメよ」

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※BGM

 突然、凛々しい声が僕とソラの間に割って入った。声の方へ目をやると、そこにはこの閑静な住宅街には余りにも不釣り合いな人物がいた。

 曇り空の下にあってなお、黄金に輝く長髪。ラピスラズリよりも深く、強く燃える青い瞳。そして、ミロのヴィーナスも嫉妬するに違いない、黄金長方形を描くプロポーション

「レ、レイラさん!?どうしてこんな青森なんて田舎に!?」

 そこに立っていたのは紛れもなく、カレイドステージに君臨するトップスター、レイラ・ハミルトンだった。

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※レイラさんのご尊顔。カレイドステージのトップスターで、ソラが尊敬する先輩。めちゃくちゃストイックでプロ意識の塊。これでも17歳である。承太郎かよ。

 

 レイラさんは、驚く僕を無視して続けた。

「ソラ。新しいステージの計画が纏まったわ。今回も私と一緒にステージに立ってもらうわよ。休暇はおしまい。アメリカに帰るわよ」

「ほ、本当ですか!またレイラさんと一緒にステージに立てるなんて……」

 ソラは恍惚とした表情を浮かべていた。今日1番嬉しそうだった。

 ソラとレイラさんは、まるで僕などこの世界に存在しないかのごとく、これからやるステージの話に花を咲かせていた。

 おい。お前らは俺様の脳内彼女だろうが。無視してんじゃねぇよ。なんなんだよ、もう。

「あ、あの……」

 数分後、孤独に耐えられなくなった僕は申し訳なさそうに2人に話しかけてみた。

「あ!ごめんねキィ!そういう事だから、わたしカレイドステージに戻らなくちゃ!」

「さぁ、早く帰るわよソラ」

 レイラさんも、これから始まるステージにわくわくしているようだった。

 ちょっと待ってよ。君らは僕の彼女でしょ?僕まだチューもハグもしてないんですけど……。

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※BGM

「キィ。貴方も自分の夢があるなら、こんな所で止まっている場合じゃないのよ。もっと自分に誇れる自分になって、その姿を私に見せてちょうだい」

 レイラさんはそう言うと、すうっと消えてしまった。

「ごめんね、キィ。これでお別れっていうのも寂しいなぁ……そうだ!」

 ソラは、あれ~どこにしまったかなぁ~、とか言いながらポケットを慌ただしくゴソゴソと探った。

「あった!」

 1分程ゴソゴソした後で、目的の物は見つかったようだ。

「はいこれ!色々忙しいと思うけど、一段落ついたらわたし達のステージを見に来てよ!」

 ソラはカレイドステージの優待券を僕にくれた。

「これ、本当にいいの?」

 ソラは、にこやかに頷いた。

「それじゃあ!わたしもうカレイドステージに帰らなくちゃいけないから!絶対見に来てよ!わたし、ずっと待ってるから!」

 そう言うと、ソラはとうっ!と地面を蹴って、宙に浮かんだ。そして、天使のようなポーズをとると、そのまますうっと消えてしまった。

 僕の手に握られていたチケットも、やはり消えていた。

 曇り空の隙間から、暖かな陽光が差し込んでいた。