キィの日記

趣味のお話とか

『天気の子』の限界ネタバレオタク殴り書きです。

※『天気の子』のネタバレを含みます。
 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 本来「天の気」でありどうにもならないことさえも、「わたしが選んだのだ」と力強く誇ってみせるその生命が答えだ。
 ただ与えられただけの煩わしい命を、それでも「わたしが選んだのだ」と力強く誇ってみせるその生命が答えだ。
「しょーがないじゃん」「どうにもならかったんだ」「めんどくせー」としきりに繰り返してきた人達へ向かって、『天気の子』は天気さえもお前が選び取ってみせろと力強く訴えてくる。
「生きたい」という強い強い想いは、きっと「正しさ」とぶつかるのかもしれない。でも僕達はたとえ「正しさ」とぶつかろうとも、選び取って、奪い取って生きていくんだ。それが生命だ。荒野を突き抜ける生命だ。たとえその生命のために手錠をかけられたって、もう誰にも止められっこないんだ。
 たとえ与えられた生命でも、これは紛れもなく僕が選んだ生命なんだから。
 
・帆高も陽菜も凪も「生きるためにサバイバルしている」というキャラクターで、とにかくその部分を尖りに尖らせてきていて、最高だった。
 
・この主題は『文豪ストレイドッグス DEAD APPLE』と地続きで、別に実質云々言うつもりは無いんだけれど(あるけど)、同じ時代に出てきた作品が問題意識を似たようなところに持っているということを重く受け止めている。
 
・作中で3人は正しさに虐げられ、解体されてしまいそうになる。『君の名は』で関係を解体したものは主に天変地異だった。けれど『天気の子』の戦いは「正しさ」との戦いに他ならない。島に閉じ込められ家出というイレギュラーな方法でしか外へSOSを出すことが出来ない帆高。陽菜と凪を解体しようとする福祉制度。ルールに従う限り彼らは生命を奪われるしかない。それではダメなんだ。死んでしまってからでは、失われてしまってからではもう遅いのだから。
 
・「正しい」人々が「関係ねー」「しょーがねー」「めんどくせー」と呟く一方で、正しくない人々が「それでも生きるんだ」と輝くから「関係ねー」の人々も屍から生き返り瑞々しくスクリーンを飛び回るんだよ。
 
・かつて「あの子の手を離してしまった僕」への鎮魂歌なんだよ!それはもう『君の名は』でやったでしょって言うかもしれないけれど、「手を離してしまった」須賀という人間が出てきて戦うってことが重要なんだよ!
 
・この生命は、この世界は紛れもなく自分自身が選び取ったものに違いないという物語なんだ!!!
 
・「今の子は雨ばかりでかわいそう」なんて言わせない!僕達の世界は僕達が生きるために選び取って作り変えてしまうんだ!
 
・僕もいつか「これは僕が選んだ空なんだ」と強く言えるようになりたい。