キィの日記

趣味のお話とか

なぜ「アライさん」に自分を語らせるのか

 ここ数日、『けものフレンズ』のキャラクターである「アライさん」を名乗るTwitterアカウントが大量発生している。

 特筆すべきは、その多くがアカウント名に「今、自分が直面しているしんどさ」を掲げている点である。

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 親の不仲で学校に行くことが出来ない。大学に4留して無職である。ADHDである。芸能事務所に騙された。果ては「他のアライさんのように特別な苦労話が特に無い事それ自体が苦しい」というアライさんもいる。

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https://twitter.com/g30FfXpLmc0Yfgw/status/1118188430192627712

※『太陽を盗んだ男』に出てきそうなアライさん。僕達は何者にもなれない。

 

 その中で一際僕の目を引いたのは「女性になることを決意したアライさん」だ。

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 このアライさんはつい最近睾丸の摘出手術を終え、摘出した自身の睾丸の画像をアップしている。

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※アライさんから摘出された金玉。元の投稿ではぼかしが無い。

https://twitter.com/VtAGdp5sCDZ13Xi/status/1118167910709469186

 

「自分の金玉をアップする」というセンセーショナルな行動と、「匿名性の高い『アライさん』に自身を仮託して語る」という矛盾に僕は強く惹かれた。

 このアライさんは他にも矛盾を語っている。

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 誰もが『アライさん』を名乗り、非常に匿名性が高い場と化した『アライさん』で、「私は私なのだ」と主張している。「わたし」を語りたいのであれば、『アライさん』という架空かつ多くの人間が使っている看板に自身を仮託するのは矛盾している。「私はこういう者だ」と独自のハンドルネームやアイコンを用いて「わたし」を主張するべきであって、版権キャラの皮をかぶって主張するのはおかしい。

 なぜこのような矛盾を抱えてしまうのだろう。

つながりたいけど、偽りたい

『アライさん』達が匿名性の高い皮で「わたし」を語るのは、「わたし」を否定された時の痛みを知っているからではないか。『アライさん』の皮をかぶる人たちの多くは、世間的に認められにくい属性を纏っている。『アライさん』を用いて「わたし」を語れば、承認それ自体は自分が享受することが出来るし、万が一「わたし」が否定されても、そこで否定されているのは「○×なアライさん」であって、ある程度は傷つくにしても、現実の自分自身と「○×なアライさん」の間には一定の距離が保たれている。

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https://twitter.com/misiomisog/status/1118169237074272257

※『アライさん』というキャラクターそれ自体が元々受けている承認を享受しながら、「わたし」への保険にもなっている。『アライさん』というオブラートによってグロテスクな個人個人のディティールは秘匿され、「かわいそう」な属性だけが外側へ露出する。

 

「わたし」は相対化され、他者からの承認を得ることが出来なければ、その「わたし」がどこにいるのか分からない。「あなたの「わたし」はここにいてもいい」という承認が無ければ、人は「わたし」を口にすることが出来ない。

 一方で、「わたし」の相対化は他者から承認されない痛みを伴う可能性があることを『アライさん』達は知っている。彼らは社会的に承認を得ることが困難らしい自身の属性を「かわいそうなアライさん」としてパッケージングすることで、承認を得やすくしている。

 この「わたし」が本来的に抱えている矛盾によって「秘匿」と「センセーショナル」は両立する。

 僕達は、金玉を公開したいという気持ちを持つ一方で、それが自分自身の金玉であるとは「金玉というグロテスクさを受け入れてくれるだろう」という見通し無しには公開出来ないものだと思う。僕だって本当は金玉を出したい。

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https://twitter.com/VtAGdp5sCDZ13Xi/status/1118205915604246528

※「女性になることを決意したアライさん」がアップした自撮り。元の投稿ではぼかしが無い。

 

 この「女性になることを決意したアライさん」はついに顔写真を公開している。匿名性を自分からちゃぶ台返しする行為によって、『アライさん』は『アライさん』から脱皮を試みているのかもしれない。「版権キャラの皮をかぶって「わたし」を承認してもらう」という構図は、その手軽さからクセになりやすく不健康この上ないので、この脱皮傾向は歓迎すべきであるが、『アライさん』としての優しい承認に浸かっていた人たちが、グロテスクな「わたし」の相対化に耐えるのはきっと多くの痛みを伴うと思う。

 これからも『アライさん』を続けるにせよ、降りるにせよ、自身の相対化とどのように向き合うかという話は、しばらくの間ずっとついて回るだろう。いつか僕達の自意識が、羽のように、スキップでもしたくなるように、気楽に付き合える友達になったら良いと思う。

 

 ほのぼのキャラが無修正の血まみれ金玉の写真をアップロードすな~!👆どど~っ!(新喜劇みたいなズッコケ)(沢田ユキオ