キィの日記

趣味のお話とか

88 体液は何色でもキモいと思う

 秋葉原を当てもなく歩いていると、手のひらサイズのスーモのぬいぐるみがUFOキャッチャーのアクリル板の向こうに鎮座していた。

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 間の抜けた愛嬌さが、妙に僕を引きつける。僕は以前から彼の事を少し気にして生活していた。

 不動産サイトのマスコットキャラクターである彼には、ある設定が与えられている。「ニート生活が祟り、実家を追い出されたスーモは、地球に流れ着いて一人暮らしのための部屋探しを不動産サイト・SUUMOを使って行っている」という設定である。

 僕自身、数年間実家で何もせずただ生存を行っていた期間が存在するため、スーモの生活についてあれこれと思い巡らすのだ。

 そういうわけで、僕はなんとなく、機械にSuicaをかざして、アクリルの向こうのアームを伸ばした。100円と引き換えに、僕には20秒と、アームの操作権が与えられる。僕は緑の毛玉に向かって、X,Zが正確に一致するようにアームの座標をレバーで指定する。ボタンを押すと、アームが地面に向かって、だらしなく転がっている緑色の毛玉に向かって、スルスルと降りてゆく。三本爪のアームが毛玉の中心をがっちりと捕らえた。そのままアームは排出口へ向かって移動していく。これは、もらった。僕がそう思った矢先、毛玉は排出口の周囲をガードしているアクリル板に弾かれて明後日の方向へと転がり落ちて行った。

 殆ど完璧に中心を捕らえたにも関わらず、あんな落ち方をされては、もう「そういう設定」なのだと理解するのが賢いものなのだと思う。ただ僕は、なんとなくムカついて、気持ちが良くなくて、もう一度機械にSuicaをかざした。ピピッと電子音がして、再び僕は100円と引き換えに20秒とアームの操作を手に入れた。アイハブコントロール

 そんな事を7回程繰り返して、我に返った。700円。ラーメンが食える。文庫本が買える。漫画雑誌が買える。バカバカしくなって、ゲーセンを出た。

 歩きながら、僕の頭の中では、タンブルウィードのように緑色の毛玉が転がっていた。風に吹かれて転がっていた。こちらに手をふっていた。頭にきたので、僕は転がってきた毛玉の一つを手で掴み取った。5本の指が付いている、血の通ったこの僕の手で。最初触れたとき、僕の手のひらにあったのは、こそばゆい毛の感触だった。ずっとなでていたい、こそばゆい毛の感触だった。僕はその感触を、力いっぱいに握りつぶしてやる。すると、勢いよく緑色の液体が、指の隙間からほとばしった。スーモの肉に通っていたらしい体液が、僕の手のひらに力負けして、指の隙間から逃げてきたのだ。先程まで手のひらにあったこそばゆさは、もう無い。体液でねとねとと濡れた毛の感触。気持ちが悪い。雨の中、延々と続いた野球の試合。或いは体育祭。或いは傘を忘れた帰り道、濡れた靴の中。

「緑色の体液だ。気持ち悪い」と僕が言う。するとどこからか、円谷英二がやってきた。

「怪獣の血が赤いと、子どもたちが怖がるだろ!緑色にしとけ!」

 僕に向かって円谷英二がそう言った。緑でもキモいだろ、と僕は思ったが、彼の剣幕に口答えするのは気が引けたので、やめた。僕の手のひらは相変わらずねっとりとした液体でいっぱいだ。

 そうして歩いているうちに、「トレーダー」の前まで来た。中古のエロゲーとか、その手のキモ・オタク・アイテムが売っている店だ。店頭のガラスにデカデカと貼り付けられたイラストの中で、目ん玉が異様にでかい架空の金髪の少女が、白いレースのランジェリーを着て股を広げている。少女の手は股ぐらをまさぐっていた。頬は紅潮し、扇状的な恍惚の表情を浮かべていた。「インバイのクサレオマンコ」というフレーズが、中上健次が僕に教えてくれたフレーズが、僕の耳元で囁いた。「インバイのクサレオマンコ」「インバイのクサレオマンコ」「インバイのクサレオマンコ」僕の頭の中で反芻する「インバイのクサレオマンコ」。

 店内に入って、階段を登る。道中、また別の架空娘のイラストが、扇状的な恍惚の視線で僕を見る「インバイのクサレオマンコ」。金髪の少女がまさぐるに使ったその手に付着した体液について考える「インバイのクサレオマンコ」。先程握りつぶしてやった毛玉の体液を想像する「インバイのクサレオマンコ」。金髪の少女の股ぐらから、緑色のねとねとした体液が、じっと見つめていないと気づかない程の速度で、ゆっくりと染み出して、真っ白なレースのランジェリーを緑で汚していく「インバイのクサレオマンコ」。

 僕が辿り着いたのは2階のR18製品のコーナー。珍しい中古のエロゲーでもあるかしらん。コーナーに一歩足を踏み入れると、そこでは360度全方位から中上健次の声が聞こえてくる「インバイのクサレオマンコ」。僕は中上健次の声を知らない「インバイのクサレオマンコ」。中上健次の顔はジミー大西に似ている「インバイのクサレオマンコ」。だから僕の中上健次ジミー大西の声で喋っている「インバイのクサレオマンコ」。

 

 円谷英二が、目ん玉のでかい架空の金髪少女に陰茎を挿入していた。

「怪獣の血が赤いと、子どもたちが怖がるだろ!怪獣の血が赤いと、子どもたちが怖がるだろ!怪獣の血が赤いと、子どもたちが怖がるだろ!」

 そう言いながら、円谷英二が目ん玉のでかい架空の金髪少女に陰茎を出し入れしている。円谷は下半身に何も身に着けていない。金髪少女の方は、白いレースのランジェリーを、上下ともに乱された格好になり、正常位で円谷に犯されていた。

 架空の金髪少女の方は、「えもふり」の要領で瞬きをし、呼吸をし、扇状的に体をくねらせていた。最近のエロゲーは絵が動くのだ。「えもふり」を始めとした様々な画像処理ソフトの普及と発展によって、多くのメーカーが二次元の架空少女を瞬きさせ、呼吸させ、扇状的に体をくねらす処理を施しているのだ。

「どうしよお!わたし処女なのにい!感じちゃうっ!」

 そう途切れ途切れに言葉を接ぐ金髪少女の股ぐらからは、緑色の体液が、しとしとと流れ落ちていた。僕の右手には、まだスーモの死体が握られていた。スーモの体液と、少女の破瓜の色は、同じ色をしていた。

「怪獣の血が赤いと、子どもたちが怖がるだろ!」

 先程から続いていた円谷英二の叫び声が、いっそう大きくなった。そして、いっそう大きな「怖がるだろ!」を最後に、円谷は動かなくなった。果てたらしかった。円谷は肩で息をしていた。金髪の少女もまた、都合よく果てたらしかった。不規則な痙攣を繰り返していた。

 しばらく2人を観察していると、2人の結合部から、緑色の寒天がゆっくりと滴ってきた。滴った寒天は、徐々に不定形の水たまりを描きだした。緑色の寒天で出来た海が、2人を中心に広がっていく。

 そうか、これが”特撮”か! 

「インバイのクサレオマンコ」「インバイのクサレオマンコ」「インバイのクサレオマンコ」

 ジミー大西の、中上健次の大合唱の中で、僕はスーモの死体を握りしめたまま、円谷英二と金髪少女が生み出した緑寒天の海が広がっていく様を、ずうっと、ずうっと、眺めていた。

 

岬 (文春文庫 な 4-1)

岬 (文春文庫 な 4-1)

 

 ↓私が「円谷英二が怪獣の血を緑にした」という情報を得たソース

円谷英二―ウルトラマンをつくった映画監督 (小学館版学習まんが人物館)

円谷英二―ウルトラマンをつくった映画監督 (小学館版学習まんが人物館)

 

円谷英二が「怪獣の血は緑にしろ」と発言した事に関する考察。実際には発言していない可能性がある。

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