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仕方がないじゃないか。先生がそうしろと言っているのだから。
そんなに僕って気持ち悪いのでしょうか。
心の中であれこれ抗議を並べてみるのだが、ユイちゃんが僕と手を繋いでくれる気配はない。
思う。6年生にもなって、手を繋いで入場するというのは、いくら運動会とはいえ、おかしいのではないか。
僕は本番まで何度この羞恥に耐えねばならないのだろう。大体、運動会に練習っておかしいと思う。単なるレクリエーション企画でしょう?
これは、日本の教育がどうにかなってしまったのではないか。
僕個人の希望を言えば、とても繋ぎたい。だってユイちゃんはとてもかわいいし。色は白いし。西洋のお姫様みたいな鼻の高い気品ある顔立ちをしているし。ピアノは出来るし。授業のために音楽室へ移動すれば、そこで必ずユイちゃんはピアノを弾く。休み時間が終わるまでずっと。狂ったみたいにショパンのエチュードを弾き続ける。『黒鍵』だけを狂ったように弾き続ける。白くて、細くて、長い。まるでつららみたいに透き通った指が黒鍵の上をすごいスピードで滑っていく。時々前屈みになって弾くものだから、シャツがたわんで、隙間から膨らみかけの胸がちらつく。
僕は勃起する。勃起というのはチンコが大きくなって苦しくなることである。この前、コンピューター室で『To LOVEる』の同人誌を読んだとき、3組のオオサワが教えてくれた。『To LOVEる』のエロ本が存在することを教えてくれたのもオオサワだった。
学校のパソコンは、つい先日フィルタリングが導入された。
空はここのところずっと曇っていて、ジメジメしてしまう。僕の学校では6月に運動会がある。本当にどうかしていると思う。
先生が大声で何か言って、入場曲が流れ出す。ほら、みんな繋いでるよ。やってないの僕たちだけだよ。大事な練習だよ。僕はそれとなく自分の手のひらを彼女の手のひらの近くで降ってみるのだが、彼女は真っ直ぐ前を向いたままで、僕なんかこの世界にいないみたい。横から見た彼女の眼差しはやはり不機嫌そうで、口元も何かを突き刺すように真っ直ぐだ。
僕は諦めてそのまま行進することにした。
大体、僕のクラスの女の子はどうかしている。いや、男だってどうかしている。ちょっと僕のクセ毛が強いくらいで、ワカメとか、もじゃもじゃとか、いんもーとか、言うんだもの。僕はヘタな争いはしたくないのでそれとなくアハハと笑ったり、やめろよーと楽しげに抗議してみたりする。でも、結構気にしているのだよね。実際、僕は股間の毛、すごいし。
ユイちゃんもユイちゃんで色々言われている。ユイちゃんはとても背が高くて、160cmの僕よりも数cm高い。その様は顔立ちと相まってモデルさんみたいだった。男子連中はそんな彼女の事を「電柱」と呼ぶ。もちろん、それは僕に向けられているそれと同じで、本気の悪意は無い。大体、このクラスでは殆どの人間にそういう壊滅的センスの名前が付いている。でも、だからといってユイちゃんの美しい肢体に寸胴な「電柱」の名を冠するのは美に対する冒涜だと僕は思う。確かに胸は膨らみかけだけど、お尻はきゅっと引き締まっていて、エロい。男子連中だって家に帰ればマスをかいているに決まっているのだ。
だけど、僕も社会参画をしなくてはいけないから、他の男子と一緒になって彼女を「電柱」と呼ぶこともある。なるべくそうならないようにはしているのだけれど、社会参画の都合上仕方なくそう呼ぶこともある。
そうか、ユイちゃんはそのことを怒っていたのかもしれない。でも仕方のないことだよ。僕だって社会参画をしないわけには、いかないよ。
ざっざっざっと。行進を続ける。時々ユイちゃんの方に視線をちらりとやる。学校指定の半袖短パンは基本的に6年間同じ物を使う。当然サイズが合わなくなる。買い換える子もいるけれど、大半の子は買い換えのタイミングを忘れて1年のやつをずっと着ている。僕の短パンなんか、少し下ろし気味に履かないと、パンツの端っこが丸見えだ。僕と同じか、それ以上にもっと身長が伸びたユイちゃんも例外ではない。時々、短パンの端っこから、短パンと色の違う何かがピョコピョコ顔を出す。
思う。
見てはいけないと。
勃起する。行進している時に勃起すると、足を運ぶ動作がおかしくなるから嫌いだ。それでも僕は見てしまった。見えるとわかっていながら見てしまった。
どうしようもないと思う。
その日、僕は家に帰ると、この家に唯一存在するエロ本を引っ張り出した。父親が1冊だけ書斎に隠しているエロ本を引っ張り出した。
オナニーをした。
少し胸の小さいモデルの顔がユイちゃんになった。
そんなに僕って気持ち悪いのでしょうか。